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美しく生きるカギはどこに?オードリー・ヘップバーンとお釈迦さまに学ぶ「美人の条件」

 
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2017/02/21

こんにちは!チューリップ企画スタッフのみやこです。

私はお気に入りの洋服かどうかでその日の気分が左右されることもあり、服「を」着ているのやら、服「に」着られているのやら…(´-ω-`;)でも、それくらいに私の中でオシャレは大きな割合を占めています!(笑)

思えば3歳になる女の子でもキラキラしたヘアゴムをつけたりと、いくつであっても女の子にオシャレは欠かせないようですね♪

“美”は女性の願望

女性であれば美しくありたい、可愛くありたい、いつまでも若くありたいと思うものでしょう

女性誌には最新のファッションや着こなし術、化粧の仕方やスキンケアの方法、ダイエットなどなど、女性の願望を叶えるあらゆるものが詰まっています。

たとえば、憧れの女優さんに似せたメイクの仕方や、体系別の洋服の選び方など、美しくなるためのハウツーは本当に細かく、産業として成り立つのも頷けます。

美人の特徴

価値観は人それぞれありますが、どんな人が美人なのでしょう。年末に「世界で最も美しい顔100人」が発表されていました。どの方も目鼻立ちが整っていて、モデル体型で、本当に美しいです。

日本人では石原さとみさん、桐谷美玲さん、島崎遥香さんの3人がランクイン。

6位に選ばれた石原さとみさんといえば「第10回 女性が選ぶ“なりたい顔”ランキング」でも1位に輝いていて、日本人女性の憧れともいえる女優さんです。

それにしても憧れる対象が“顔”というのは、いかに私たちが容姿の良し悪しを気にしているかが伺えます。

外見ばかりに意識が向きがち

ある調査によると、「自分の顔にコンプレックスを持っている」と答えた女性はなんと95%いるそうです。(http://mama.bibeaute.com/article/42486/

そんな自分に自信をつけるために、化粧やヘアスタイル、洋服などで着飾り、理想の自分を作り上げているのではないでしょうか

少しでも綺麗になって周りからちやほやされたい、見た目で劣りたくないと、外見に磨きをかけています。時には危険をおかして整形を選ぶ人も。外見へのこだわりは、それほど強いようです。

本当の美しさは“心”にある

たしかに、人からどう見られるか、見た目に磨きをかけることは大事だと思います。人は見た目で判断してはならないと言われますが、ついつい見た目で判断してしまうのが私たちです。だからこそ、外見に気を配って清潔にすることは礼儀でもあり、大切なことだとも言えますよね。

しかし、美しさとは外見だけのことなのでしょうか?

「ローマの休日」で知られるオードリー・ヘプバーンは美しさについてこう話しています。

美しい目が欲しいなら、人の良いところを探しなさい。美しい唇が欲しいなら、優しいことだけを話しなさい。落ち着きが欲しいなら、自分はひとりではないということを胸に歩きなさい

For beautiful eyes, look for the good in others;

for beautiful lips, speak only words of kindness;

and for poise, walk with the knowledge that you are never alone.

ここで彼女が伝えたかったことは、人の美しさとは顔の作りなどの外見によるものではなく、心の美しさから出てくるのだ、ということだと思います。

力強い瞳にチャーミングな笑顔で、他にはない魅力を感じる女優さんですが、その背景が見えた気がします。

女優の第一線から退いた彼女は1989年にユニセフ親善大使に就任し、食糧危機に陥っている国々を訪れて慈善活動に力を入れました。

オードリー自身が「第二次世界大戦の直後に、食べ物や医療の援助を受けた子どもの一人だった」とユニセフのサイトに紹介されており、飢えの苦しさ、そして援助の有難さが骨身に染みていたのだと思います。

年を重ねた彼女の気品溢れる魅力は、長年培った心の美しさが作りだしたものなのでしょう。

お釈迦さまから見た美人とは

美人の条件について、お釈迦さまにこんなエピソードがあります。

 昔、インドに、摩訶密という富豪がいた。

その娘は絶世の美女と、もてはやされるだけあって、見るからに美しかった。

摩訶密も、この美貌の娘が、なによりのご自慢で、いつも娘を同伴し、

「この娘を、美しくないという者があれば、金子千両を出してやろう」

とまで放言する始末。

摩訶密が誇るように、実際、娘の顔や姿態が美しかったので、男といわず、女といわず、ひとめぼれせぬ者はいなかった。

 

得意な摩訶密は、とほうもないことを、そこで考える。

「おれの娘は、だれに見せても感心せぬものはいない。ひとつ、出家の釈迦に見せてやりたいものだ」

摩訶密は娘を同伴して、お釈迦さまの所へ出かけていった。

娘をごらんになったお釈迦さまは、静かにこう仰せになっている。

この女を私は、少しも美しいとは思わない。なるほど、容貌は、いかにも美しい。しかし人間には、もっともっと美しいものがある。それは心の美しさだ。心の端正こそ真実の美である

 

容貌が美しくなりたいというのが、すべての女性の念願だろう。

けれども真の美しさは、顔や姿態にあるのではない。

釈迦の仰せられるとおり、まことに人の美しさは、その人の心にある。

秋空のようにすみきった清浄な心こそ、まことの美人の必須条件であり、男女を問わず養うべきは、心の美である

 

さすがの富豪も、さとるところがあったという。

 

(『光に向かって100の花束』より)

真の美しさは心の美しさにあるようです。

容貌は変わらないで欲しいとどんなに願っても、時の流れとともに変化していきます。

けれども、心の美しさは日々の心がけ次第で磨き続けることができ、年を重ねるほどにその人の徳になるものです

心を磨いてこそ、本当に美しい人になれるのですね。男女ともに意識していきたいことです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

それでは、また来週ヾ(。・v・。)

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この記事を書いたスタッフ
みやこ
「人と交流する仕事がやってみたい」「幼い頃から親しんでいた仏教を仕事にしてみたい」とチューリップ企画へ転職することになりました。今は毎日が出会いの連続で、人生勉強をしながら楽しく仕事をしています。日々のちょっとした気付きや、小さな幸せを皆さんへおすそ分けしていきたいと思っています。