スタッフブログ 暮らしの中で

お釈迦さまが吹く法螺(ほら)の音は誰のために? 仏教が説かれた目的とは

 
メガホン

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

チューリップ企画スタッフのわかです。

ほら吹き=うそつき?

歴史小説が好きで、映画やドラマ化されたものも見ることがありますが、最近の映画はスケールが大きく、とても迫力があって見ごたえ抜群です。

その中でも、戦のシーンは膨大な数の人が出てくるので、自分自身もその場にいるような臨場感が感じられます。

そんなシーンでよく見かけるのが、法螺(ほら)貝を吹く姿です

法螺貝は、戦陣での合図などに用いられていたのだそうです。

実際の法螺貝の音を聞いたことはありませんが、大勢の人に合図が聞こえないといけないので、それは大きな音だったのでしょうね。

そのように、法螺は見た目以上に大きな音が出ることから、大げさなことを言うのを「ほらを吹く」と表現するようになったそうです

それが更に悪くなって、大げさなでたらめを言うこと、すなわち、ウソをつくことの意味で使われるようになってしまったのですね。

現代では、この「ウソをつく」という意味の方が一般的になっていて、悪いイメージが先に来るようになってしまいました。

お経に説かれている「法螺を吹く」の意味

しかし、実は、お経の中にも「法螺を吹く」という表現が使われています

「えっ!?仏さまもウソをつくの?」いえいえ、そうではありません。

仏語(ぶつご)に虚妄(こもう)なし」と言われ、仏さまはウソをつかれることはないと、仏教では説かれています。

仏教では、悪い行いの1つとしてウソをつくことが挙げられていますし、仏さまはウソをつかれない方なので、

お経の中に出てくる「法螺を吹く」は、ウソをつくとか、大げさなことを言う、という意味ではないことは分かります。

では、どのような意味で「法螺を吹く」と書かれているのでしょうか。

『大無量寿経』には、「法鼓を叩き、法螺を吹き、法剣をとり、法幢を建て、法雷を震い…」とあります。

仏や菩薩が法を大衆に説き弘める様子を表す一つの例えとして、「法螺を吹く」と使われているのです

お釈迦さまは、仏のさとりを開かれてからお亡くなりになるまでの45年間、すべての人を相手に、教えを弘めていかれました。

「すべての人が本当の幸福になれる真理」をさとられたからです

幸せになってもらいたいからこそ

私たちでも、感動することがあると、人に教えてあげたいなあと感じることがあります

たとえば、何気なく入った定食屋さんで食べた料理がとても美味しかった時。

また来ようと思うと同時に、周りの人に紹介したい気持ちが出てきます。

お店の場所や営業時間をメモして、会う人会う人に、行ってみることを勧めますよね。

もし、そんな定食屋さんがあるのに紹介しない人がいるなら、本当に美味しいと思っていないということでしょう。

食事が美味しければ美味しいほど、声を大にして紹介したくなります

同じように、本当に大事なことだと心からわかったら、自然と人に伝えたくなるのです

仏さまは慈悲のお方といわれます。

慈悲とは、「慈」の心と「悲」の心に分けられ、「慈」とは、「苦しみを抜いてやりたい」という心、「悲」とは「楽しみを与えてやりたい」という心なのだそうです。

苦しむ私たちを助け、幸せにしてやりたいと願っておられるのが仏さまなのですね。

だからこそ、「ここに幸せになる道があるぞ」と、法螺を吹くように多くの人に教えを説いて回られたということが分かります

仏教で教えられているのは、年齢、性別関係なく、すべての人にとって大事なことですから、どうにか分かってもらいたいと言葉を尽くして教えていかれたのですね。

全人類、一人として同じ人はいませんので、そういう人たちに教えを伝えるのはどれほど大変なことでしょうか。

お釈迦さまが説かれたことが、7千冊余りの膨大な数のお経となって残っていることに驚きます。

仏法とは、すべての人のために説かれた無形の財産

自らの名誉や利益のためではなく、すべての人の幸せを願ってお釈迦さまが説かれた仏法

その思いは時代や国を渡って、伝えられてきました。

だからこそ、2600年の歳月を経て、私たちのところにもその教えが届いています。

お金や食べ物など、形あるものをもらえるのも大変有難いことですが、「仏法」という教えは人々を本当の幸せにする無形の財産だと言われます。

お金や物などの有形の財産は、与えれば与えるほど減っていきますが、「仏法」という無形の財産は与えても減ることはありません

減らないどころか、喜んでいく人がどんどん増えていくものです

仏法を聞くということは、お釈迦さまが残されたその財産を頂くということなのです。

自分のことを振り返った時、日々口を突いて出てくるのは、自分のことしか考えていない利害打算の言葉ばかりだなあと反省します。

そんな毎日の中で、多少なりとも他人の幸せのために言葉を使える時があれば、それはとても素敵なことですね。

お釈迦さまが説かれている本当の幸せを知り、幸せな生活を送られる方があれば、仏教を学んでいる身として、こんなに嬉しいことはありません

このブログを通して、お釈迦さまの吹かれている法螺の音が皆様に少しでも届くといいな、と思います。

それでは、また(^^)/

-スタッフブログ, 暮らしの中で

この記事を書いたスタッフ
わか
チューリップ企画コールセンターのわかと申します。 静岡の温暖な気候の中で育ったせいか、のんびりと構えていることが多く、周囲からはよく「いつも安定しているね」と言われます。 日常の様々な出来事を物語化することが好きです。 学生時代、家ではほとんどの時間を机の前で過ごし、ノートに散文を書きためる日々を過ごしていました。 そんな小さい頃からの癖で、日常の出来事を無意識に観察していることがあり、見ているうちに周囲の人間関係も客観的に把握することができるようになりました。 今まで見てきた人間関係、自分自身の悩んだ経験や、日々の電話応対の中でのお客様の声などを通して、皆様の悩みに寄り添える記事を書いていきたいと思います!