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私が信じているのってどんなもの? 一番あてにしている「明日」の実態

 
手帳

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

チューリップ企画スタッフのわかです。

蓮ってどういう花?

2018年に生まれた赤ちゃんの名前ランキングが発表されていました。

これはベネッセコーポレーションが毎年実施している調査で、今年は女の子の名前の1番人気は「陽葵(ひまり)」、男の子は「蓮(れん)」が1位だったそうです。

「蓮」の字を名前にするのは以前から人気があったようですが、ここにはどういう意味が込められているのでしょうか。

蓮は、泥田の中にしか咲かないことで有名です。

それでもしっかりと根を張り、泥に染まらぬきれいな花を咲かせるのです。

そこから、「困難に打ち勝つ子に」や「どんな苦しいことがあっても、負けずに力強く生きてほしい」との願いを込める親御さんが多いそうです。

蓮は仏教でよく登場する花でもあります。

なぜ仏教で蓮の花が登場するのかといえば、蓮の花の特徴が、仏教に説かれる正しい信心の特徴を表しているからだと言われます。

信心のない人は一人もいない

信心というと、まず真っ先に仏や神を信じることだと思い浮かべます。

日本人の多くは無宗教を自負している人が多いので、自分とは関係がないと思っている人も多いのではないでしょうか。

しかし、信心という字を見ると「心で何かを信じること」と書きます。

神や仏を信じることだけが信心ではないでしょう。

私たちは日々様々なものを信じて生きていますから、信心のない人は一人もいないのです。

(詳しくは、「信じることで成り立つ私たちの日常とは? 信じることと疑うことの関係」の記事をご覧ください)

信じるということは、頼りにし、あて力にするということ。

たとえ「人間は信じられない」という人でも、その代わりにお金や仕事、自分の信念などを心の支えにしています。

何も支えにせずに生きていける人はいないのではないでしょうか。

大きなショックを受ける時

そのように生きている私たちは、信じているものに裏切られた時に苦しみます。

ある人から聞いた話ですが、その人が友人に買い物を頼んだときのこと。

大体の金額を伝え、こういうものを買ってきてほしいと詳細に伝えて、友人にお金を託したそうです。

ところが、ふたを開けてみると、友人が買ってきたのは自分が指定した金額よりも何倍も高い商品でした。

その人は、ちゃんと買ってきてくれると信じて友人にお金を預けたのに、と大変ショックを受けている様子でした。

信頼していればいるほど、裏切られた時のショックは大きくなるのです。

だからこそ、自分が信じているものをよくよく吟味しなければなりません。

「明日ありと思う心」とは

私たちが日頃信じているものの中で、一番あてにしているのは自分の命です。

その心を浄土真宗の親鸞聖人が詠まれた歌があります。

明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは

明日も見られるだろうと思っていた桜の花は、夜中に過ぎていった嵐によって散ってしまっていた。

人の命はそれよりも儚いもの。

明日もあると思っていても、今晩命が終われば、明日はもうやってこないのだ。

そういうことが歌われています。

私たちは、まさに「明日ありと思う心」で毎日を暮しています。

だからこそ、明日は何をしようかと予定を立てていますし、手帳には1週間どころか、1か月、2か月先の予定まで書かれています。

命が今晩までかもしれないとは、微塵も考えていないのではないでしょうか。

「明日もある」という命に対する信心は、皆が持っているものだと思います。

一番あてにしているものの実態

しかし、私たちの命はいつか必ず終わる時が来ます。

それは10年後かもしれません。1年後かもしれません。1か月後、1週間後かもしれません。もしかすると、明日かもしれません。

いつその時が来るかは分かりませんが、間違いなく言えるのは、「明日が来ない」という日が必ず訪れるということです。

私たちが固く信じている命の信心は、崩れる時が来るのです。

命は私たちにとって一番あてにしているものですから、それが崩れるということはどれほど重大なことでしょうか。

その時に受けるショック、苦しみは計り知れません。

そんな私たちが幸せになれる道はあるのでしょうか。

仏教には、蓮の花に象徴される正しい信心が教えられています。

それは、泥に染まらずきれいな花を咲かせる蓮の花のように、どんなことがあっても決して崩れることのない信心なのです。

その正しい信心を獲た時に、いつ死ぬとなっても決して変わらない幸せになれると説かれています。

それを「信心獲得(しんじんぎゃくとく)」と言われます。

では、正しい信心とは何か、どうすれば得ることができるのか。

大変深い内容なので、この場で書ききることはできませんが、蓮如上人は「仏教は聴聞に極まる」と教えられています。

続けて聞いていくことで分かる時がくると言われていますので、ハッキリするところまで仏教を聞いて頂きたいと思います。

それでは、また(^^)

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この記事を書いたスタッフ
わか
チューリップ企画コールセンターのわかと申します。 静岡の温暖な気候の中で育ったせいか、のんびりと構えていることが多く、周囲からはよく「いつも安定しているね」と言われます。 日常の様々な出来事を物語化することが好きです。 学生時代、家ではほとんどの時間を机の前で過ごし、ノートに散文を書きためる日々を過ごしていました。 そんな小さい頃からの癖で、日常の出来事を無意識に観察していることがあり、見ているうちに周囲の人間関係も客観的に把握することができるようになりました。 今まで見てきた人間関係、自分自身の悩んだ経験や、日々の電話応対の中でのお客様の声などを通して、皆様の悩みに寄り添える記事を書いていきたいと思います!