暮らしの中で

人間関係を左右する「言葉の力」 知っておきたい二つの性質:語殺と言辞施

 
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2017/05/26

こんにちは!チューリップ企画スタッフのみやこです。

私は電話応対をしていますが、電話は顔が見えないので言葉だけが頼りです。掛けてくる方のお人柄や、ご要望などを、言葉一つで探っていかねばならないのです。

私の言葉遣い一つで、お互いに気持ちよく電話を終えるか、わだかまりが残るか、変わってしまうので日々が勉強の毎日(>_<)

そして、言葉を磨くほど人間関係もスムーズになると実感しています。ということで、今回のテーマは「言葉と人間関係」です!

「『人』の『言』葉」

人間関係を築く上では信用されることが大事です。信用の「信」は「『人』の『言』葉」と書くように、どんな言葉を言うか言わないかで人間関係が左右されます

言葉のナイフ

仏教では相手を傷つける言葉を「語殺(ごさつ)」というのだそうです。

言葉は目に見えず、形にも残りません。ついカッとなって相手を傷つけるような言葉が口から出ることもあるのでしょうが、言った人は「こんな一言くらい、なんだ!」と気にも止めません。しかし、言われた本人にとっては一生忘れられない傷となって残ることを知っておかねばなりません

体で振るう暴力も悪いですが、それよりも深く傷つけるのは言葉の暴力だと聞いたことがあります。体の傷は手当てし、時間が経てば治っていきますが、言葉の暴力は心を傷つけるからです。

また悪口を言うと、自分の脳にもダメージを与え、老化を早めるのだそうです。『とどろき』平成27年1月号に載っていた話題からご紹介します。

フィンランドの脳神経学者が、千四百人以上の七十歳前後の人たちに、“ふだんどれくらい人の噂話や批判、意地悪な態度を執っているか”調査したところ、ゴシップ好きは、そうでない人の三倍も認知症の危険が高かったといいます

相手のためにも、自分のためにも、悪口は慎んでいかねばらないのですね。

言葉のプレゼント

今度は言葉のプラスの面を見ていきましょう。仏教では「言葉で相手を癒し元気づける善い行い」を「言辞施(ごんじせ)」と言われます。

追い詰められどうしたら良いか分からない、不安に思っている人にこそ言葉のプレゼントは温かく響きます。

15人ほどが乗ったバスの中で、ママに抱っこされた赤ちゃんがぐずり始めました。

ママは立ち上がってあやしますが、赤ちゃんは泣き止みません。ママは周りの乗客に頭を下げながら必死です。

10分ほど経って、車内アナウンスが流れました。

お母さん、大丈夫ですよ。赤ちゃんですから気になさらないでください。きっと眠いか、おなかすいているか、おむつが気持ち悪いか、暑いかといったところでしょうか

明るい口調のアナウンスに一瞬にして車内が和み、ママもほっとした様子に。

アナウンスをした40代の運転手は新聞社の取材で次のように答えたそうです。

迷惑をかけないよう何とかしたい、というお母さんの焦りをひしひしと感じた。今後バスや電車を使うのをためらうんじゃないかと心配になって」(参考:https://mamari.jp/8907

運転手の一言に、このお母さんはどんなに救われたことでしょう。周囲の人たちも「子どもは泣くのが仕事よね」と、母子を見る目が温かくなったことと思います。

私自身、言葉のプレゼントには何度も励まされてきました。口にすれば3秒ほどの短い言葉ですが、大切に心に留めていて、辛い時や落ち込んだ時には言い聞かせて、元気を貰っています(*^^*)

いつでもどこでも誰にでも、心がけ一つでできる幸せのタネまきですから、大いに心がけて使っていくようにしたいものです。

スムーズな人間関係のカギは「優しい言葉」

「最近、あの人となんだかギスギスしているように感じる…」そんな時は、どんな言葉をかけているか振り返ってみてはどうでしょうか。

身近な人ほど、気が緩み、言ってはならぬ言葉を平気で言ってしまうものです。「親しき仲にも礼儀あり」の忠言を思い出し、親しい人にこそ感謝やお詫びの言葉を大切にしていきたいですね(^^)

言葉一つで相手も満足し、自分も気持ち良く生きることができる言葉のプレゼントに私も心がけていこうと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

それでは、また次回ヾ(。・v・。)

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この記事を書いたスタッフ
みやこ
チューリップ企画スタッフのみやこです。主に電話でのお客様サポートや『朗読版とどろき』の吹き込みを行っています。 信仰心の篤い浄土真宗の家に生まれたので、3歳の時にはすでにお仏壇の前で「正信偈」をあげており、小学1年生の時には諳(そら)んじるまでになり得意顔で親に披露していたものです。平成生まれにしては、ちょっと珍しい特技だったかも?(笑) 兄と弟に挟まれおてんばに遊んでいた私も、思春期になりある悩みが頭をもたげます。それは「私とは何者か?」「死が恐ろしい」…なかなかディープですよね。クラスメイトには悩みに共感してもらえなさそうで、周りより少しクールな中高生だったように思います。 その頃から「仏教に答えがあるのでは?」と仏教書を読んだりするように。なんやかんやあって、今では仏教月刊誌を出版する会社に就職!ブログでは「なんやかんや」で知らされた仏教の深さをお届けしたいと思います。よろしくお願いいたします。