親鸞聖人

『正信偈』の意味が分かるようになりました!

 
7-11

2017/05/26

そもそも『正信偈(しょうしんげ)』とは?

チューリップ企画コールスタッフのみやこです

お彼岸にはお墓参りをしたり、お寺に行ってお経をあげたりされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

読経の声を聞いていると、呪文のようでもありますが、よーく聞いてみると…

帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい)

南無不可思議光(なむふかしぎこう)……

こう聞こえてきたら、それは『正信偈』といわれる親鸞聖人の書かれたものです。

浄土真宗の家庭では、朝晩お仏壇の前で拝読するもので昔から広く親しまれ ています。

正信偈=「お経」は間違い?正信偈とお経の関係

漢字ばかりで聞いてもサッパリ意味が分からず、「お経はワケが分からん なぁ……」と思われるでしょうが、実は『正信偈』はお経ではないのです

こう言いますと、「え?お経じゃないの?」とビックリされるのですが、お経ではないんですね。

仏教で「お経」といったら、お釈迦さまのご説法を書き記したものだけを「経」 といわれます

お釈迦さまはインドで仏教を説かれたので、もともとインドの言葉で書き残されていました。それが中国に伝わって中国語に翻訳されたのです。

これが漢文のお経となって日本に伝わってきたので、日本でお経といえば「漢字ばかりで難しい」というイメージが定着したのでしょう。

親鸞聖人の書かれた『正信偈』は確かに漢字ばかりですが、「経」とは言われないのは親鸞聖人の書かれたものだからです。

「それじゃ、『正信偈』を今まで“お経さん”って言っていたけど、なんといえばいいの?」と言われる方もあるでしょうが、そんなときは『正信偈(しょうしんげ)』と、そのまま仰ってください。

お経は全部で7000巻以上ありますが、膨大なお経に説かれている大事な教えのエキスを、親鸞聖人がギュッと圧縮して教えてくださっているのが『正信偈』です

「その意味が分かれば仏教のすべてが分かる」という、とても大切なことが書かれてあるのです。

「『正信偈』の意味が知りたい」切望する方が続々と

そうは言っても、仏教の専門用語ばかりの『正信偈』は、誰でも読めるものではありません。

チューリップ企画本社には毎日のようにお客様からお便りが届くのですが、中でも「『正信偈』の意味が知りたい」といわれる方の声が多く寄せられます。

「幼い頃から祖父母について読んでいた」といわれる方や、

「伴侶を亡くして読むようになった」といわれる方が、難しくても何とかその意味を知りたい、と切望されるのです

私も熱心な浄土真宗の門徒の家に生まれ、幼い頃から両親と一緒にお仏前で『正信偈』をあげていました。

それほど多くの人に親しまれ、先祖代々受け継がれている『正信偈』ですが、その意味はほとんど知られていません

『正信偈』を知りたい人は多いのに、何故その意味がほとんど知られていないのでしょうか。

それは難解な仏教を分かりやすく教えてもらえる機会が昨今はほとんど無いからでしょう。

チューリップ企画が毎月発行している仏教月刊誌『とどろき』を読まれている愛知県のNさん(66歳・男性)は 次のように仰っています。

生活の糧に読むのが『正信偈』と、祖父から聞いていたのですが、私と何の関係があるのか、誰からも教えてもらえませんでした

『とどろき』を読んだり、親鸞聖人のアニメ映画上映会や仏教講座に参加して初めて、ハッキリしたのです

Nさんのように『正信偈』の意味についてお知りになりたい方のために月刊誌『とどろき』平成28年4月号から、新たに「えんぴつでなぞる正信偈」 というコーナーが設けられました!

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このように親鸞聖人の『正信偈』のお言葉が解説されているので

少しずつ『正信偈』の意味が分かるようになります。

さらに、『正信偈』の一文をなぞって書けるようになっているので、頭にも入りやすいと好評です。

気になった方はぜひ『とどろき』を手にして頂ければと思います(^^)

最後までお読みくださりありがとうございました。

それでは、また♪

-親鸞聖人

この記事を書いたスタッフ
みやこ
チューリップ企画スタッフのみやこです。主に電話でのお客様サポートや『朗読版とどろき』の吹き込みを行っています。 信仰心の篤い浄土真宗の家に生まれたので、3歳の時にはすでにお仏壇の前で「正信偈」をあげており、小学1年生の時には諳(そら)んじるまでになり得意顔で親に披露していたものです。平成生まれにしては、ちょっと珍しい特技だったかも?(笑) 兄と弟に挟まれおてんばに遊んでいた私も、思春期になりある悩みが頭をもたげます。それは「私とは何者か?」「死が恐ろしい」…なかなかディープですよね。クラスメイトには悩みに共感してもらえなさそうで、周りより少しクールな中高生だったように思います。 その頃から「仏教に答えがあるのでは?」と仏教書を読んだりするように。なんやかんやあって、今では仏教月刊誌を出版する会社に就職!ブログでは「なんやかんや」で知らされた仏教の深さをお届けしたいと思います。よろしくお願いいたします。