スタッフブログ 暮らしの中で

科学でも解明できない想像を超えた世界 仏教に説かれるいちばんの不思議

 

2019/04/05

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

チューリップ企画スタッフのわかです。

少し前、探査機「はやぶさ2」が打ち上げられたことが話題になっていましたね。

小惑星「リュウグウ」に無事着陸し、岩石の採集をして、来年末に地球に戻ってくる予定なのだとか。

この岩石が地球に持ち帰られれば、「地球の水はどこからやってきたのか」「生命を構成する有機物の起源はどこか」という謎が解明されると言われています。

宇宙はまだまだ謎に包まれた部分が多いので、実現すれば人類はまた大きな一歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。

科学の最初の一歩

宇宙は不思議なことがいっぱいですが、私たちの日常も不思議なことであふれています。

子供のころ、地震は巨人が一軒一軒家を揺らして起こしているのだろうと信じていました。

いつかこの目で確かめるのだと思っていましたが、地震が起きた時にいくら外を見ても、巨人はいません。

巨人の仕業でないとすれば、なぜ地震が起きるのだろう?

私はすでに地震のメカニズムが解明されていたときに生まれましたから、その疑問はすぐに解消しました。

しかし、もっと前に生まれた人は不思議でたまらなかったと思います。

その不思議を突き詰めて調査した人がいるからこそ、現代は地震のメカニズムが解明されているのですね。

かつて、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎博士はこのように言っていたそうです。

ふしぎだと思うこと。これが科学の芽です。

よく観察してたしかめ、そしてよく考えること。これが科学の茎です。

そして最後になぞが解ける。これが科学の花です。

科学の最初の一歩は不思議だと思う気持ち。

これは多くの研究者が言っていることでもありますね。

仏教で教えられる不思議

このように、私たちが日常で使っている「不思議」は、仏教から来た言葉であることをご存知でしょうか。

元は「不可思議」といわれ、想像することができない、という意味の言葉です。

何が不思議なのか、親鸞聖人は次のように言われています。

五つの不思議を説くなかに

仏法不思議にしくぞなき

仏法不思議ということは

弥陀の弘誓になづけたり

(高僧和讃)

世の中に不思議なことが五つあると言われるが、「仏法不思議」以上の不思議はない、と説かれています。

では、仏法の不思議とは一体なんでしょうか?

お釈迦さまのただ一つ説かれたこと

仏教は、お釈迦さまが35歳で仏のさとりを開かれてから、80歳でお亡くなりになるまでの45年間説かれた教えです。

その教えを後にお弟子たちが書き残したのがお経であり、7000冊余りもあるのです。

これだけたくさんのお経に書き残されているのなら、お釈迦さまはよほどたくさんのことを説かれたのだろうと思うでしょう。

ところが、親鸞聖人はお釈迦さまの説かれたことはただ一つだと次のように記されています。

如来世に興出したもう所以は、唯弥陀の本願海を説かんとなり」(正信偈)

お釈迦さまがこの世にお生まれになった目的は、唯一つ、阿弥陀仏の本願を説かれるためであると言われています。

阿弥陀仏の本願とは?

阿弥陀仏の本願とは、阿弥陀仏のなされたお約束のこと。

(阿弥陀仏についてお知りになりたい方は、こちらの記事で解説しています。

阿弥陀仏とお釈迦さまの関係をご存知ですか? 仏教を学ぶときに大切なこと」)

どんなお約束かというと、すべての人を必ず、決して崩れることのない絶対の幸福の身にしてみせるというお約束です。

「絶対の幸福」とは、「相対の幸福」に対する言葉です。

私たちが普段感じる幸せは、すべて相対の幸福であり、続かないという特徴があります。

美味しいものを食べれば、幸せを感じます。

しかし、食べ続けていたら満腹になり、それ以上食べようとすると苦しみに変わります。

苦しみの新しい間を楽しみといい、楽しみの古くなったのを苦しみという」とも言われますが、苦しみと楽しみを行ったり来たりしているのが私たちなのでしょう。

幸せを手に入れても、色あせてしまう。

幸せを求めながら、幸せになれていない私たちを哀れに思われ、決して変わることのない絶対の幸福にしてみせるとお約束なされたのが阿弥陀仏です。

仏教に説かれるいちばんの不思議

ところが、相対の幸福しか知らない私たちは、絶対の幸福と言われても想像もできません。

絶対の幸福のことを「不可称、不可説、不可思議の功徳」とも言われますが、言うことも、説くことも、想像することもできない、心も言葉も及ばない世界なのです。

すべての人を、その絶対の幸福の身に救い取る阿弥陀仏の本願以上の不思議はない、と言われたのが「仏法不思議にしくぞなき」というお言葉です。

心も言葉も及ばない世界を、何とか私たちに伝えようとされたからこそ、7000冊ものお経となったのですね。

私たちの想像をはるかに超えた世界は、どれだけ考えても解明することはできません。

お釈迦さまも親鸞聖人も、絶対の幸福の身になるのに一番大切なことは聴聞だと教えられています。

阿弥陀仏の本願とはどんなお約束なのか、続けてきいていきたいと思います。

それでは、また(^^)

-スタッフブログ, 暮らしの中で

この記事を書いたスタッフ